100周年を迎えた第97回全国高校野球選手権期間中、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の著者、岩崎夏海氏(47)が「百年の球独(きゅうどく)」と題して特別寄稿。1915年に第1回全国中等学校優勝大会が豊中グラウンドで始まってから、1つの球場で、1つのボールを追いかけてきた球児たちをめぐるドラマを独自の視点で切り取ります。

 百年後の日刊スポーツをお読みのみなさん、こんにちは。今日は、百年前の甲子園から、決勝戦の様子をお伝えしたいと思います。

 まず、この日の天気は曇りでした。朝方には雨が降って、試合ができるかどうか少し心配されたのですが、試合が始まる前にはすっかりやんで、試合中には晴れ間ものぞきました。

 決勝戦の雰囲気は、始まる前からどこか寂しげでした。それというのも、高校野球百年ということで盛り上がったこの大会が終わってしまうことに、みな、一抹の寂しさを覚えていたからではないでしょうか。

 ただ、もちろん決勝戦を戦う東海大相模と仙台育英の両校には、そんなことは関係ありません。かたや45年ぶりの優勝を目指して、かたや東北勢として初めての優勝を目指して、一球入魂、集中して試合に臨んでいました。

 試合は、序盤に東海大相模が先制し、そのまま優位に試合を進めます。しかし、仙台育英もしぶとく粘って、ついに6回、同点に追いつきました。

 そうなるともう、仙台育英は押せ押せムードです。もともとこの日は、東北悲願の初優勝を後押ししようと、球場は大半が仙台育英を応援していました。その攻撃では、大きな拍手がわき起こり、東海大相模の選手たちには相当なプレッシャーがかかっていたのではないかと思います。

 しかしながら、東海大相模もそこでやっぱり粘りを発揮し、徳俵いっぱいで踏みとどまりました。特にピッチャーの小笠原くんは、さんざん崩れそうになるピンチに見舞われながらも、決して意識を切らすことなく、後続を丹念に打ち取っていきました。

 一方、序盤に失点を許した仙台育英のエース佐藤世那くんも、同点に追いついた頃から見違えるように立ち直って、得点はおろか、ヒットさえ許さないようになりました。

 そうして息詰まる展開が続く中、迎えた9回表、どことなく仙台育英のサヨナラ勝ちの予感が漂う中で、その1発は飛び出しました。東海大相模の小笠原くんが、目の覚めるような勝ち越しホームランを放ったのです。

 試合は結局、これで決まりました。その後も追加点を挙げた東海大相模が、その裏の攻撃を0で退け、見事45年ぶりの優勝を果たしたのです。

 そうして、大会は無事終わりました。高校野球百年に当たるこの年は、第2次大戦後70年にも当たります。そのため、とりわけ野球をプレーしたり見たりできることの幸せ、平和の尊さを痛感した大会でもありました。

 そして、この大会に参加した全ての選手、関係者が望んだのは、百年後の甲子園でも、今日と同じように、平和に大会が開かれるということです。

 百年後の大会は、一体どのような大会になっているでしょうか? 決勝戦は、どのような試合になったでしょうか? ぼくにはそれを知る術はありませんが、きっと素晴らしいものであったと信じております。(おわり)

 ◆岩崎夏海(いわさき・なつみ)1968年(昭43)7月22日、東京生まれ。茗渓学園で軟式野球部。東京芸大卒業後、秋元康氏に師事し、放送作家に。著書「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」が270万部を売り上げた。